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第3話 アシュフォード邸に戻る

Aвтор: 月歌
last update Последнее обновление: 2025-04-04 16:19:09

◆◆◆◆◆

アシュフォード家へ戻る馬車の中で、ヴィオレットは小さくため息をついていた。その音に気づいた娘のリリアーナが、心配そうに顔を上げる。

「母上、馬車に酔ったの?」

「少しだけね。ごめんね、心配させて。」

ヴィオレットは娘の肩をそっと抱き寄せながら微笑む。その仕草に安心したのか、リリアーナはぎゅっと母親に抱きついた。

車窓の外には、色づき始めた木々が風に揺れ、わずかな紅葉が秋の訪れを静かに告げている。

「伯父様が泊まっていくように誘ってくれたのに…私が早く帰りたいって騒いだから。ごめんなさい、母上。」

リリアーナが小さな声で俯きながら謝るのを聞き、ヴィオレットは慌てて娘の頬を優しく撫でた。

「リリアーナが謝ることなんてないわ。もともと泊まるつもりはなかったのだから。」

そう伝えると、リリアーナは安心したように顔を上げ、にこりと笑顔を見せた。

その笑顔に心が癒されるヴィオレットは、もう一度娘を抱き寄せる。リリアーナはくすぐったそうに笑いながら口を開いた。

「母上、ぎゅうぎゅうすると、父上へのお土産が潰れちゃうよ。」

「あら、そうだったわね。」

「父上、喜んでくれるかな。」

「きっと喜んでくれるわ。」

リリアーナが持っているのは、ヴィオレットの実家で彼女が作った手作りのクッキーだ。

可愛らしい箱に詰められたそれを、リリアーナは父親へのお土産にしたいと大事そうに抱えている。

「父上と一緒にクッキー食べたいな。今日は帰ってくるかな…」

娘の期待に満ちた声を聞き、ヴィオレットは胸が痛んだ。夫のセドリックは、ここ最近、愛人の家に入り浸っている。

クッキーが日持ちしないことを考えれば、3日以内に帰宅しなければ渡せないだろう。

セドリックは娘を無碍に扱うことはないが、それはリリアーナがアシュフォード家の跡継ぎとして期待されているからだ。

しかし、妾との間に男子が生まれた今、娘への扱いが変わるのではないかとヴィオレットは不安を抱いていた。

自分にリリアーナを守る力があるのだろうか…。

「母上?」

「どうしたの、リリアーナ?」

娘の声に思考を中断され、ヴィオレットは穏やかな表情を作って応じた。

「母上は伯父様のお家に泊まりたかった?父上より伯父様が好きなの?」

七歳の少女らしからぬ大人びた質問に、ヴィオレットは一瞬驚きつつも、冷静を装いながら答えた。

「リリアーナ、愛情にはいくつかの種類があるのよ。アルフォンス兄上へは親愛の情を、そしてリリアーナの父上には恋愛の情を向けているの。」

「…全然わかんない!」

少し不満げに言い返すリリアーナに、ヴィオレットは思わず笑ってしまった。

「簡単に言えば、母上は父上を愛しているってことよ。」

「ふーん。じゃあ、母上もリリアーナも同じ気持ちだね!」

「そうよ、リリアーナ。」

そう言いながら、ヴィオレットの心には罪悪感が渦巻いていた。実際には、兄の誘いに心が大きく揺らいでいたからだ。

アシュフォード家に嫁いで以来、自分の居場所がないと感じることが増えていた。

本当は戻りたくない。でも、リリアーナが父親にクッキーを渡したいと言うから…。そんな娘を、ほんの少し疎ましく思ってしまった自分が嫌でたまらない。

ーーこんな私は大嫌い。

こんな自分が、心底嫌いだ…。

「母上、見て!」

「え?」

リリアーナが車窓を指差して叫ぶ。その声に誘われ、ヴィオレットも窓の外に目を向けた。

「あっ…」

アシュフォード邸の玄関ポーチには光沢のある黒い馬車が停まっていた。それは、セドリックの馬車だった。

「父上が帰ってきてる!クッキーを一緒に食べられるね!母上も一緒に食べようね!」

娘の喜びの声が響く中、ヴィオレットは心の中で動揺を抑えようと必死だった。

黒塗りの馬車からセドリックが降り立ち、その後を追うように一人の女性が現れた。女性は赤子を抱いている。

その光景に、ヴィオレットの手が震え、思わずリリアーナを強く抱き寄せた。

まさか、妾を邸に連れてきたというの?

◆◆◆◆◆

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