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アシュフォード家へ戻る馬車の中で、ヴィオレットは小さくため息をついていた。その音に気づいた娘のリリアーナが、心配そうに顔を上げる。
「母上、馬車に酔ったの?」
「少しだけね。ごめんね、心配させて。」
ヴィオレットは娘の肩をそっと抱き寄せながら微笑む。その仕草に安心したのか、リリアーナはぎゅっと母親に抱きついた。
車窓の外には、色づき始めた木々が風に揺れ、わずかな紅葉が秋の訪れを静かに告げている。
「伯父様が泊まっていくように誘ってくれたのに…私が早く帰りたいって騒いだから。ごめんなさい、母上。」
リリアーナが小さな声で俯きながら謝るのを聞き、ヴィオレットは慌てて娘の頬を優しく撫でた。
「リリアーナが謝ることなんてないわ。もともと泊まるつもりはなかったのだから。」
そう伝えると、リリアーナは安心したように顔を上げ、にこりと笑顔を見せた。
その笑顔に心が癒されるヴィオレットは、もう一度娘を抱き寄せる。リリアーナはくすぐったそうに笑いながら口を開いた。
「母上、ぎゅうぎゅうすると、父上へのお土産が潰れちゃうよ。」
「あら、そうだったわね。」
「父上、喜んでくれるかな。」
「きっと喜んでくれるわ。」
リリアーナが持っているのは、ヴィオレットの実家で彼女が作った手作りのクッキーだ。
可愛らしい箱に詰められたそれを、リリアーナは父親へのお土産にしたいと大事そうに抱えている。
「父上と一緒にクッキー食べたいな。今日は帰ってくるかな…」
娘の期待に満ちた声を聞き、ヴィオレットは胸が痛んだ。夫のセドリックは、ここ最近、愛人の家に入り浸っている。
クッキーが日持ちしないことを考えれば、3日以内に帰宅しなければ渡せないだろう。
セドリックは娘を無碍に扱うことはないが、それはリリアーナがアシュフォード家の跡継ぎとして期待されているからだ。
しかし、妾との間に男子が生まれた今、娘への扱いが変わるのではないかとヴィオレットは不安を抱いていた。
自分にリリアーナを守る力があるのだろうか…。
「母上?」
「どうしたの、リリアーナ?」
娘の声に思考を中断され、ヴィオレットは穏やかな表情を作って応じた。
「母上は伯父様のお家に泊まりたかった?父上より伯父様が好きなの?」
七歳の少女らしからぬ大人びた質問に、ヴィオレットは一瞬驚きつつも、冷静を装いながら答えた。
「リリアーナ、愛情にはいくつかの種類があるのよ。アルフォンス兄上へは親愛の情を、そしてリリアーナの父上には恋愛の情を向けているの。」
「…全然わかんない!」
少し不満げに言い返すリリアーナに、ヴィオレットは思わず笑ってしまった。
「簡単に言えば、母上は父上を愛しているってことよ。」
「ふーん。じゃあ、母上もリリアーナも同じ気持ちだね!」
「そうよ、リリアーナ。」
そう言いながら、ヴィオレットの心には罪悪感が渦巻いていた。実際には、兄の誘いに心が大きく揺らいでいたからだ。
アシュフォード家に嫁いで以来、自分の居場所がないと感じることが増えていた。
本当は戻りたくない。でも、リリアーナが父親にクッキーを渡したいと言うから…。そんな娘を、ほんの少し疎ましく思ってしまった自分が嫌でたまらない。
ーーこんな私は大嫌い。
こんな自分が、心底嫌いだ…。
「母上、見て!」
「え?」
リリアーナが車窓を指差して叫ぶ。その声に誘われ、ヴィオレットも窓の外に目を向けた。
「あっ…」
アシュフォード邸の玄関ポーチには光沢のある黒い馬車が停まっていた。それは、セドリックの馬車だった。
「父上が帰ってきてる!クッキーを一緒に食べられるね!母上も一緒に食べようね!」
娘の喜びの声が響く中、ヴィオレットは心の中で動揺を抑えようと必死だった。
黒塗りの馬車からセドリックが降り立ち、その後を追うように一人の女性が現れた。女性は赤子を抱いている。
その光景に、ヴィオレットの手が震え、思わずリリアーナを強く抱き寄せた。
まさか、妾を邸に連れてきたというの?
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◆◆◆◆◆ダミアン・クレインは後ろ手に縛られ、地面に無造作に座らされていた。彼の薄い笑みと、そこから発せられる挑発的な言葉は、周囲の緊張を一層高めていた。護衛や使用人たちは息を呑み、彼の言葉の次を待っている。「で、あんたがルイの父親のセドリックで合ってるか?」そう言いながら、ダミアンは軽薄な笑みを浮かべ、セドリックをまっすぐに見据えた。セドリックは眉をひそめつつ言葉を発する。「それがどうした?」「いや、別に。ただ、ひとつ気になることがあってな。」ダミアンは意味ありげな笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。「ルイとあんたには血の繋がりなんてないんじゃないかと思ってね。」その言葉が場に落ちた瞬間、時間が止まったような静寂が訪れた。だが、次の瞬間、セドリックの怒りのこもった声が響き渡る。「そんなはずはない! ルイは私と同じ赤茶色の髪に、青い瞳をしている!」ダミアンはその言葉に、より深い笑みを浮かべた。「そうだな。あんたと同じ特徴だ。けど、俺も赤茶色の髪に青い瞳だってことを、忘れちゃいないか?」その瞬間、セドリックの中に微かな違和感が生まれた。それはすぐに動揺という形となり、彼の顔を曇らせる。ダミアンの言葉は否定しがたい現実味を帯びていた。セドリックの腕の中でルイが無邪気に手足を動かしている。その愛らしい仕草に心が揺れながらも、彼の中で得体の知れない不安が広がっていった。「信じないで!」突然、ミアがセドリックに縋りついた。その目には必死さが宿り、彼女は震える声で続けた。「ダミアンの言葉なんて嘘よ! ルイはあなたの子です!」セドリックは動揺を隠せないまま、ミアを振り払うように距離を取る。その様子を、アルフォンスは冷静な目で見つめていた。その時、後方からヴィオレットとリリアーナが駆けつけた。ヴィオレットは状況を理解しきれないまま、険しい表情のセドリックを見つめる。「セドリック、一体何が…?」彼女の声に反応したアルフォンスは、静かに手を上げて制しながら、ヴィオレットとリリアーナを自分の背後に下がらせる。「ルイの足の指は何本だ?」突然、ダミアンの声が響いた。その言葉に、セドリックは顔を青ざめさせる。全ての目が彼に集まる中、ダミアンは薄く笑いながら続けた。「ルイの足の指が六本あるなら、その子は俺の子だ。俺の家系は多指症の子が多くて
◆◆◆◆◆アルフォンスはちらりとミアに視線を移した後、再びセドリックに戻し口を開いた。「盗賊の首謀者らしき者を捕まえましたが、ご覧になりますか?」「ええ、もちろん。」セドリックの返事に大きく反応したのはミアで、彼女は無意識に後退りした。その動きに気がついたアルフォンスは、薄い笑みを浮かべてミアに話しかける。「貴女もご覧になりますよね?」「わ、私は結構よ。セ、セドリック様…気分が悪いの。馬車で休んでいてもよいかしら?」ミアの声は震え、表情は明らかに狼狽している。その動揺を見逃さず、アルフォンスはさらに冷たい声音で続けた。「いや、ぜひ見ていただきたい。捕らえた者が、貴女の名を口走っていたので確認願えますか?」その一言に、ミアの顔から血の気が引いた。彼女の手がわずかに震え、立ち尽くしたまま動けなくなる。セドリックとアルフォンスの視線が容赦なく彼女に注がれる中、場の空気は張り詰めていった。「ミア、どういうことだ?」セドリックの声は低く、冷たさを帯びていた。その鋭い問いに、ミアは唇が震えて何も言葉を紡げずにいた。彼女の沈黙が事態の不穏さをさらに際立たせる。「連れてこい。」アルフォンスが短く命じると、護衛たちは捕らえられた盗賊の首謀者をその場に引きずり出した。護衛に連れられて現れたのは、どこか垢抜けた雰囲気を持つ男だった。切れ長の瞳と浅く整った顔立ちは印象的だが、見る者に親しみを感じさせるような温かさは一切ない。薄い笑みを浮かべたその顔には冷淡さが漂い、その奥にある狡猾さを隠そうともしない態度が場の緊張をさらに高めていた。その男の姿を目にした瞬間、ミアは肩を大きく揺らした。顔を青ざめさせた彼女を見て、男は薄く笑みを浮かべながら口を開く。「よう、ミア…」その声はどこか軽薄で、状況を楽しんでいるような響きがあった。アルフォンスが冷ややかな目を向けながら口を開く。「貴様が首謀者だな?」後ろ手に縛られたダミアン・クレインは、少し顎を上げてアルフォンスを見据え、薄い笑みを浮かべた。「首謀者? そんな大それた肩書きをいただけるなんて光栄だな。でも、違いますよ。ただ、ちょっと刺激的な舞台を演出してみただけです。」「舞台の演出だと?」セドリックが眉間に皺を寄せると、ダミアンは軽く目を細めて笑い、その声にはさらに嘲りが混じった。「ええ。貴族様方が
◆◆◆◆◆前方の馬車の扉が勢いよく開いた。中から現れたのはセドリック・アシュフォード。彼の顔には苛立ちが浮かんでおり、腕には息子ルイを抱えている。「何の騒ぎだ。」短く吐き捨てるような言葉が護衛たちに向けられる。護衛の一人が即座に敬礼し、一歩前に出て答えた。「襲撃者を制圧しましたが、周囲の安全確認がまだ終わっておりません。万が一に備え、馬車の中でお待ちいただければ――」「そんなものはいい。」セドリックは護衛の言葉を遮り、抱えたルイを見下ろすと、苛立ちを隠して優しい声を作り出した。「怖かったな、ルイ。もう大丈夫だ、父がついているぞ。」ルイは父の腕の中で静かにまばたきを繰り返し、セドリックは目を細めて子を見つめる。――後ろから馬車を降りたミアは、落ち着きなく周りを見渡した。ヴィオレットとリリアーナを始末する作戦は失敗に終わったことは明らかだった。ミアは唇を噛み、焦燥を隠しきれない。「セドリック卿、ご無事ですか?」「ん?」セドリックに声を掛けてきたのは後方の馬車の御者だった。不信を抱きながら視線を向けたセドリックは目を見開き、相手を見る。「……アルフォンス卿?」セドリックの目が大きく見開かれる。目の前に現れたのは、ヴィオレットの兄、アルフォンス・ルーベンスだった。御者のコートを着込みながら、その姿からは支配者の威厳が感じられて、セドリックは思わず唇を噛む。「…なぜアルフォンス卿がここにいるのですか?」セドリックの声は、敵意を隠そうともしない冷たい響きを帯びていた。アルフォンスは冷静な表情を崩さず、鋭い瞳をセドリックに向ける。その姿は余裕と威厳に満ちており、まるでセドリックの焦りを軽蔑しているかのようだった。「妹の乗る馬車が襲撃されるとの情報を得て、御者のふりをして護衛しておりました。」「狙われたのは前方の馬車の方ですけどね。それで、その襲撃の情報はどの様に手に入れられたのですか、アルフォンス卿?」セドリックは視線を逸らさずに静かな声でアルフォンスに尋ねる。その言葉には苛立ちと疑念が混じっていたが、アルフォンスはそれに動じる様子もなく、静かに続けた。「あなたの屋敷に仕える者が知らせてきたのです。馬車の経路が狙われる可能性が高いと。私としては、妹と姪を守るのが当然の義務ですので、こうして同行しました。」「……それは感謝すべきことなの
◆◆◆◆◆苛立ちがピークに達したダミアンは短剣を振りかざし、その男に戦いを挑んだ。しかし、その男――アルフォンス・ルーベンスは一歩も引かず、冷静に攻撃を躱した。その瞬間、ダミアンの振り下ろした短剣の勢いでアルフォンスの帽子が外れ、地面に落ちた。馬車の中からその光景を見ていたヴィオレットは息を呑む。「兄上……?」隣のリリアーナも驚きの声を漏らす。「伯父様……!」帽子の下から現れたアルフォンスの冷徹な表情と鋭い瞳は、戦い慣れた者のものであり、二人をさらに驚かせた。ダミアンは目の前の邪魔者を切り捨てようと、再び短剣を振りかざす。「邪魔だ!」ダミアンは苛立ちに任せて叫び、短剣を力任せに振りかざした。その鋭い刃先がアルフォンスを狙うが、彼はまるで舞うように一歩軽やかに後ろへ下がり、攻撃を紙一重で躱す。その動きには無駄がなく、優雅さすら感じさせた。「……動きが遅い。」アルフォンスは冷たい笑みを浮かべながら一歩前へ踏み込む。その動きは滑らかで、まるで彼の周囲だけが別の時間で動いているようだった。ダミアンが次の一撃を繰り出す間もなく、アルフォンスは素早く間合いを詰める。「なっ……!」驚愕するダミアンの腕をアルフォンスはすばやく掴む。短剣を握る手首を流れるように捻り上げ、力加減を絶妙にコントロールする。まるで剣を振るうような流麗な動きで相手の武器を無力化し、ダミアンの短剣は虚しく地面に落ちた。「計画はここで終わりだ。」アルフォンスの声は静かでありながら、相手を圧倒する威厳を宿していた。その瞳は冷たく鋭く、あらゆる状況を掌握しているような余裕が漂っている。ダミアンは必死に抵抗しようとするが、アルフォンスの動きには隙がない。片手でダミアンの動きを封じつつ、軽やかに彼の足を払って地面に組み伏せる。 その一連の動作は、あたかもダンスの一部のように流れるようで、凛とした美しさすら感じさせた。「くそっ……!」ダミアンの叫びも空しく、アルフォンスの手に完全に制圧されていく。荒れた息を吐きながらも、ダミアンは自分の無力さを実感せざるを得なかった。風が静かに吹き抜ける中、アルフォンスは余裕を持ってダミアンを押さえ込む。その端正な顔立ちには一切の乱れがなく、衣服もほとんど乱れることがない。貴族としての品格を保ちながら、戦士としての圧倒的な実力を見せつける
◆◆◆◆◆壊れた車輪の修理が進む中、周囲は不気味な静けさに包まれていた。風で揺れる木々がわずかに音を立てるほか、人気のない道はただひたすらに静寂を保っている。使用人たちは地面に膝をつき、工具を手にして車輪の修理に取り組んでいる。車軸を支えるために力を込める者や、部品を確認しながら手際よく作業を進める者の姿が見える。そのそばには、下馬した護衛が控えており、茂みの奥や道の先を鋭い目つきで見張っていた。一方、御者は馬車の前に座ったまま、手綱をしっかりと握り、馬を静めるようにたてがみを軽く撫でている。普段と変わらないその姿は頼もしく見えたが、緊張感が漂う状況下では、どこか頼りなさも感じられた。馬車の中に座るヴィオレットは窓越しにその様子を見つめていた。彼女の隣には、手持ち無沙汰な様子のリリアーナが座っている。「母上、修理は長く掛かるの?馬車が直るまでお外で遊びたい。」リリアーナは窓の外を見ながら、ヴィオレットに話し掛けた。ヴィオレットは娘の願いを叶えたいと思いながらも、言いしれぬ不安に駆られる。「リリアーナ、少しの辛抱よ。すぐに終わるはずだから、馬車の中にいましょうね。」ヴィオレットが娘にそう伝えると、リリアーナはぷうっと頬を膨らませて抗議する。「母上、あそこを見て。いっぱい綺麗な花が咲いてるでしょ?花の冠を作りたいから…いいでしょ?」リリアーナが指し示す森の中には、紫色の可愛い花が咲き乱れていた。「まぁ、綺麗。」「母上、行こうよ」「そうねぇ…」ヴィオレットは困り顔で娘を見た。花が咲いているのは馬車の近くで、森に深く踏み込むことはない。護衛に付いてきてもらえば危険もなさそうに思えた。ーーでも…。ヴィオレットが迷いながら、森に視線を向ける。その時、茂みの奥で何かが動く気配があった。「えっ!?」突如として現れた複数の男たちが馬車に向かって駆け寄り、護衛や使用人たちに襲いかかる。「抵抗するやつは殺せ。それ以外は気絶でもさせておけ!」先頭に立つリーダー格の男、ダミアンの指示で男たちは素早く行動を開始する。使用人たちは不意を突かれて次々に制圧され地面に倒れ込んだ。残された護衛は慌てて抜刀して抵抗を示す。優位な人数で戦うダミアンには余裕があった。仲間の動きを確認しつつ、彼は馬車へ攻撃に集中する。そして、扉の隙間にバールを押し込み力強くこじ開
◆◆◆◆◆澄んだ秋の空気が屋敷を包む朝、二台の馬車が門を抜け、王都の街中を進んでいく。石畳の道が続き、車輪が石を踏む心地よい音が響いていた。ヴィオレットの乗る後方の馬車では、リリアーナが窓の外を見ながら楽しげな声を上げていた。「母上、見て!人がたくさんいるよ!」「本当に。王都の朝はにぎやかね。別邸に着く頃には、もっと違う景色が見られるわ。」ヴィオレットは娘に向かい微笑みを浮かべたが、その瞳にはどこか憂いが混じっていた。出発前の御者の仕草が脳裏をよぎり、心に暗い影を落としていた。――あの動作、まるで演じているようだった。御者の服装はいつも通りだったが、その手綱を操る動きや馬の扱いが普段の御者とはどこか違った。優雅すぎる手つきに、ヴィオレットの胸には小さな違和感が広がっていた。――一方、前方の馬車では、セドリックが腕の中に小さなルイを抱きしめていた。その目は穏やかにルイを見つめており、彼の小さな仕草一つ一つを愛おしそうに眺めている。「ルイは元気ね。父親に抱かれて安心してるのね。」隣に座るミアが話しかけるが、セドリックの反応は素っ気ない。「ああ。」それだけ言うと、再びルイに視線を戻し、優しく頭を撫でる。ミアはその態度に不満を覚えつつも、別の楽しいことを思い浮かべ気を紛らわせた。――ヴィオレットなんて消えてしまえばいい。ミアは馬車の窓から外を見ながら、密かに夢想を巡らせる。この旅路の終わりに、ヴィオレットとリリアーナが死ぬ。そう考えると、ミアの胸の内に暗い喜びが湧き上がった。――私はアシュフォード侯爵家の女主人になるのよ。使用人たちに囲まれ、立派な当主へと成長するルイを見守る自分の姿。それを思い浮かべるたび、彼女の心は甘美な勝利感に満たされていった。◇◇◇街道はさらに寂しげな風景へと変わり、人影のない道が続き始めた。そのとき、前方の馬車が突然ガクンと大きく揺れ、御者が声を上げた。「車輪が外れました!立ち往生です!」馬車が大きく揺れた瞬間、セドリックはとっさに腕の中のルイを抱え直した。小さな体が揺れるのを最小限に抑え、力を込めて抱き寄せる。「大丈夫か、ルイ?」「ふにあ、ふにぁ~、にゃーー!」ルイが猫の様な声で泣きだすと、セドリックは優しく背中をさすりながら窓の外に目を向けた。「何が起こった?」御者たちが馬車を囲み、壊れた車